創業以来百年の時を経た、南山荘の歴史の一部をご紹介いたします。
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南山荘の歴史
南山荘は明治40年(1907年)伊豆・長岡温泉を開湯したと言われる大和宇平が創業しました。当時は創業者の名前をとって、「大和館」と名乗っておりました。昭和5年(1930年)より離れ風客室を京都の宮大工と共に建築し、八年の歳月を経て昭和13年(1938年)に、純和風建築の粋を極めた客室が完成しました。この頃、当荘をしばしば訪れていた北原白秋は、新しい客室の落成式に参加しその雅趣に富む瀟洒な建築に感激し、中国古典の名山である「終南山」に因んで「南山荘」と命名しました。 昭和30年の自由党と日本民主党による保守合同の折には、当荘において鳩山一郎以下の幹部が自由民主党と名付けたといわれ、各界の著名人に愛されてきた宿でございます。
南山荘と北原白秋
北原白秋は昭和9年から14年にかけて、大和館(南山荘)を度々訪れて、歌作や歌集の編集にあたりました。白秋が初めて南山荘を訪れたのは、昭和9年6月3日のことで、富士裾野における野鳥の会に参加後、当荘で6日間の滞在をしています。この間、奥村博史画伯とともに大仁在住の門下生・穂積忠の案内で城ヶ島、天城、下田を巡りました。このときに詠んだ白秋の歌五首が当荘に残されています。
「初夏の茶寮」 昭和九年六月七日と八日伊豆長岡や的感の茶寮における即興吟一連なり

「大和の春秋」は、離れ風客室の竣工時に北原白秋が当荘の主人におくった詩です。



